藤原正彦氏、ラジオで語る

小学校での英語教育が義務化される方向であるということです。Excite エキサイト : 社会ニュース
 中央教育審議会の外国語専門部会は27日、小学校で英語の必修化を求めた報告をまとめた。アジア各国で小学校段階の必修化が相次ぐ中、英語コミュニケーション能力の育成が不可欠として高学年(5~6年)で平均週1回(年間35単位時間)の英語教育を行うよう提言した。実施時期や授業時間数などは今後、中教審教育課程部会が検討し、早ければ06年度にも行われる学習指導要領改訂で盛り込まれ、08年度にも実施の見通し。

私は先にも申し上げているように、英語教育を拙速に前倒しすることには反対です。ですが、リンク先の記事でもそうですが、ほとんどのマスコミの論調は、特に批判を加えていません。それはそうだろうと思うのが、いわゆる世論。実のところ、世論は圧倒的にこれを歓迎しているのです。それに異論を唱える度胸のあるマスコミなど、いるはずも無いだろうと、自分も半ばあきらめていたのですが.....

そんな中、本日(2006/3/28)、NHKラジオ第一放送のニュースに「あの」藤原正彦氏が電話インタビューで登場しました。

藤原正彦氏というのは、「国家の品格」という本を書いた数学者であり、日本人は「武士道精神」を取り戻すべきであるということを主張されている方です。
御存知の方は御存知と思いますが、この本をはじめ、同氏は英語教育の前倒しについては明確に反対意見を主張している論客の一人ですが、帰宅中の車中で聞いた、冒頭の「たっぷりと語っていただきます」というニュースデスクの言葉につれられて、帰宅するなり嫁を押しのけてラジオの前にかじりついて待つこと5分、ニュースは、大臣の会見から始まりました。
大臣は、「英語コンプレックスを無くすことがこれからの日本人にとって必須である」ということを主張します。それを受けての渋谷NHKスタジオパークでの街頭インタビュー、ほとんどの人が英語教育の早期化について賛成だと答えます。
しかしながら、と、ニュースデスクは切り出し、そんな動きに「待った」をかける人たちがいます、として、ベストセラー「国家の品格」の著者、藤原氏を紹介します。

藤原氏の主張の要点は、おおよそ以下のようなものであったと記憶しております。
(録音しようと思ったのですがテープが間に合わず、雄叫びを上げる1歳の娘をだましながら聞いたので、細かい間違いは御容赦を。)

追記:masi様とおっしゃる方から、内容について御指摘がありました。後のコメントを御参照ください。(2006.4.9)

○英語教育を前だおすこと、世論がそれに肯定的なことは大変に困ったことだ。
○小学校で週に100時間教育が出来るなら何でも好きなことを教えればいい。だが、実際には限られた時間しかない。その中で何を教えなければいけないかを考えねばならない。
○日本人の国語の能力は明らかに低下している。国語力はすべての基本。国語が出来なければ算数も理科も社会も何も出来るようにはならない。1に国語で2に国語、3,4がなくて5に算数、パソコンや英語など百番以下だ。昔の人は「1.読み2.書き3.そろばん」と、教育の本質を見事言い当てていた。
○英語はコミュニケーションの手段に過ぎない。大事なのはそのコミュニケーションの中で何を伝えるかだ。
○英語は本来「難しい」のである。現実に、何十時間とかけて勉強したって、身につかない人は多いのだ。数時間、小学校で教えたところで話せるようになると思ったら大間違い。そのうち幼稚園でも教えるとか言い出すのが関の山。
○だから、小学校で英語のために時間を割くよりもその分国語に力を入れるべき。
○英語などそもそも全国民がしゃべれる必要も無い。生涯に数回海外に行くか行かないかの人が、膨大な時間をかけて勉強したところでなんになる。その時間に古典や名作でも読んだほうがずっと有用だ。
○だいたい、本当に英語を使えるようになるには、中学校の英語の時間を倍にでもしなければ使えるようにならない。使えるようにするなら、選択制で英語を徹底的にやることだ。
○真の国際人であるには、英語力は関係ない。ただし、ここで言う国際人とは、海外で外国人の尊敬を受けることの出来る人、という意味だ。英語を話せても話す事に内容が無いという人、そういう人が一番世界では軽蔑されるのだ

「国家の品格」を読んだ人なら、だいたい書いてあったことと違わないことはわかると思います。私はもちろん藤原先生に賛成。

ただ、なるほどなぁ、と思ったのは、「英語は難しい」と、言い切ったことです。

日本人がなぜ英語を話せるようにならないのか、ということでは、これまで、「小さいころから勉強していないからだ」ということで片付けられていたと思います。それが、英語教育の前倒しの根幹でもあるでしょう。でも、よく考えてみると本当にそうなのでしょうか。英語を話せる人たちの、どの程度が幼少からの英語教育を受けていたのか。案外、客観的なデータは無いのかもしれません。その意味で、「英語は難しいからだ」というのは、それ以上に明快です。
(補足すると、「国家の品格」の中で、藤原氏は、英語と日本語は言語構造が最も異なる、だから日本人にとっては英語が難しい、と、説明しています。)われわれも、いろいろと考え直すべき時期なのでしょう。

私は、藤原氏の主張は、「国語がおろそかになっている」ことに対する危機感からのことと理解しています。国語力が国民に十分に身についていつのであれば、それが低下する心配が無いのであれば、英語を幼少から教えることも大変結構なことでしょう。ですが、実際には今、日本人の国語力は大変に低下しています。そんな時間があれば国語をしっかり教えろ。そういう氏の主張には、自分も諸手を挙げて賛成します。

思い起こしてみると、実は自分も国語の成績は極端にダメでした。でも、苦手だったのは漢字の書き取りや文法など。作文もあまり得意ではありませんでしたが、読解問題だけはそれなりにできました。古典も好きだったし、本もよく読みました。わりと濫読でしたね。もっとも、そんな自分を小学校の先生は「おかしい」と評していましたが。

氏の言葉は、実は英語教育に関するものではありません。国語、あえていうなら初等教育の根幹にかかわるものであるのでしょう。そんなことを思いながら、妻の白い目から逃げるようにラジオのスイッチを切った私でした。
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by flight009 | 2006-03-28 23:50 | 教育について思うこと
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