私の本業は機械屋であり、今回の事件も他人事ではない。技術者はいつでも、ユーザーの命を預かっている。それは、直接お金を払ってくれる「お客様」だけではなく、その機械に触れ、頼り、利用する、「ユーザー」に対して、である。
もちろん、私はエレベーター屋では無い。だから、今回の事件について、簡単に結論は出せない。だが、今回の事件に関しては機械系技術者のはしくれとして、自分でもじっくり考えてみたい。お付き合いいただけるなら、お読みいただきたい。 まず、エレベーターの技術者の立場で考えてみる。 現在、今回の事故については、ブレーキの異常という可能性が浮上してきている。 Excite エキサイト : 社会ニュース 東京都港区のマンションで都立高2年、市川大輔(ひろすけ)君(16)がエレベーターに挟まれて死亡した事故の原因として、事故機のブレーキの不具合が焦点として浮かんでいる。警視庁捜査1課の調べで、かごの昇降を止めるブレーキパッドが劣化していたことが新たに判明。構造的な欠陥があったか、保守管理に問題があるとみてブレーキ部分に重点を置いて検証していく。 今回のエレベーターは、シンドラー社の管理下にはなかった。この点は、事実として十分に考えなければならない。したがって、管理会社が、問題があったと考えられるブレーキなどの必要な部品について、点検を怠っていたのではないか、交換が必要であったのに交換をせずに済ませていたのではないか、純正では無い部品に変えていなかったか、整備方法に問題があったのではないか、ブレーキに油をこぼしてそのままにしていたのではないか、など、そういった可能性について、まずは疑う必要がある。 もちろんそうでない可能性も考えられる。今度は、管理会社の視点で見てみたい。特にシンドラー社が、エレベーターの管理会社に対して、どの程度の情報を提供していたのか、その点が問題である。 整備マニュアル等がちゃんと渡されていたのか、書かれている内容が適切であったのか、日本語で書かれていなかったりしなかったのか、特に、ブレーキの良不良、交換時期の判定方法はどのように指示されていたのか、そういったことの検証が必要となるし、警察も当然、その点を重点的に調べるであろう。こういった情報が提供されていないとすれば、当然、シンドラー社の責任は免れないだろう。エレベータの設計上の問題、特にプログラムミス等となれば、論外である。 いずれにせよ、現時点ではわからないし、逆に、騒ぎ立てずともすぐに結論が出るだろう。 しかし、設備機械の技術屋である私が非常に気になるのは、今回のように「ブレーキの不良が原因」だけで、人が死ぬような事故が起こることが、許されるのかどうか、ということである。 安全装置、特にその故障が即人命にかかわるようなものは、安全装置自身が故障したケースというものを想定するのが我々設備関係の機械を製造する者にとっては常識である。我々が日常、すくなくとも現在は、もっとも安全な乗り物と認識しているエレベーターが、「ブレーキが故障しただけ」で、このような「凶器」となるのだとすれば、この機械の安全性はもともと不足しているのではないか、というのが私の考えである。 今回、報道を通して耳に入る情報からは、ブレーキが故障したらこのエレベータはこういう結果を招くことが明らかであったかのように思えてならない。今、自分が知りたいのは、シンドラー社の技術者が、「ブレーキが故障したらどうするのか」どう考えていたのか、である。 私が作っている機械でも、安全装置は電気的なものと機械的なものを必ず組み合わせている。この機械が、人身にかかわるような事故を発生するためには、最低でも2つの装置が同時に壊れた上に、お客様がマニュアルで「やってはいけない」とされていることで、起こそうと思ってもそう簡単に起こせないことを起こさなければならない。電気的な装置が故障しただけでは、どうしても人身にかかわるような事故は起こらないように設計している。それでも、「一般の人」が触らないし利用しない機械であるから、この程度で済んでいる。一般の人が利用する装置であれば、もっと厳しい基準が山のようにある。 機械屋であれば、「ドアが開いているときに、何らかの原因でカゴが動き出すことを防止する機構」など、すぐに思いつく。そういう装置が装備されていれば、今回のような事故は発生しなかったはずである。私の感覚では、そういう機構がそう難しくない以上、搭載していなかったとするならば、大いに疑問である。 現在の日本には、製造物責任法という法律がある。この法律では、事故があったときに「欠陥」が存在していないことは、メーカーのほうに立証責任がある。今回の件について言えば、おそらくシンドラー社側に立証する責任があるのだろう。上記のようなことが「欠陥」に相当するのかはわからないが、いずれ明らかになるだろう。 もっとも、そのほかのメーカーがそういう装置を搭載しているかどうかはわからない、というより、報道がまったく触れていないところをみると、搭載していないのであろう。それでも、そういう事故がこれまで起こっていないとすれば、それはそれを裏付ける何らかの努力があるのだろうし、それは謙虚に知りたいと思う。そういった努力を果たしてシンドラー社がしていたのか、そんなところが自分の観点である。 また、結果的に管理会社のミスや落ち度であったとしても、それですむのか、というのは別の問題である。 航空機などであれば、事故の原因が直接にはパイロットの操縦ミスであったとしても、操縦ミスを防げなかった装置の設計、という観点でも話が進む。直接的な原因が管理会社にあったとしても、メーカーとしてそれで済む話ではないはずである。 だから、シンドラー社が早々に「この事故がエレベーターの設計や設備によるものではない事を確信している」といっていることが気になるのである。 現実に事故が起こっている以上、何らかの原因があり、それが自分たちの製品にまつわるものであれば、事故を未然に防ごうと考えるならなんらかの「改善点」は出てくるはずなのである。 この声明を読むと、実は確信しているのは、「設計や設備に」よるものではない、と、限定している。したがって、メンテナンスの体制や、マニュアルの不備等の可能性は排除していないとも読める。だが、上記したようにブレーキが故障したくらいで暴走する、とすれば、それを「設計の不備」ではないと言い切るのはあまりにも早計ではないだろうか。 ともかく、今後の捜査や報道にはぜひ注目したい。 また、社会的、経済的な観点からも、できれば意見してゆきたいと思う。
by flight009
| 2006-06-10 22:32
| 治安と安全について思うこと
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